40kidsの歌はともだち・いいやま分

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FMおだわらでタイトルと同じ番組をやってます。---ワケあり50男の一人暮らし・独り言---

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体に悪いものは、うまい

昨日、タバコのことなんかを書いちゃったからだと思いますが、漠然と思っていることが今日の話題。

昔、とんかつを食べるときに何をかけて食べるのが好き?って聞かれたときに「あふれるほどのソースをかけて、その上にマヨネーズをたんまりのせて食う」と言い、その理由を問われたときに思わず「体に悪そうだから」と答えたことがありますが、とっさに答えた割には的を射た答えだったと思っております。

タバコだって、あんな煙、うまいはずがないんですが、食後の一服なんて「うまい」。味覚じゃなくて、脳みそが直に感じるうまさですね。たぶん、それは一種の麻薬成分ですね。
きっと、体に悪いものは脳みそにはおいしいんですよ。

例えば、ふぐの肝。猛毒が入っていますが、昔のお相撲さんのチャンコ番は、ふぐ鍋を作ったあとに、この美味の肝を食べるのが新米力士でチャンコ番をやっているものの特権だったと聞きます。で、ある相撲部屋で死者を出すほどの事件になって、ふぐ料理には免許が必要になっていくわけですが、食べた人によると「ピリってくる感覚がなんともおいしかった」と。
死を隣においてる味ですからね、脳みそにはご馳走なんだと思いますよ。

美食家は太ってる人が多いですが、それは食いすぎっていうより、体に良くないんですよ、うまいものは。まぁ、有機栽培された野菜は健康に良くておいしいとかいいますけど、肉好きな私にはそれほど魅力はない。文字通り前菜なんですよ。野菜好きの人には申し訳ないけど。メインの肉をたんまり食うほうが幸せです。で、肉をたんまり食うってのは、体に悪いんだ。

まぁ、極端な話を書いちゃいましたけれど、当たらずとも遠からずだと思いますよ。
体に悪いものはおいしく感じちゃうんですよ、脳みそが。
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# by 40kids_iiyama | 2017-05-30 12:45 | 日記・コラム・つぶやき | Comments(0)
私は下戸です。それも強度の下戸ですね。子どもの頃に、食中毒症状を起こして病院にいった時、お医者さんに「ボクは大人になってお酒を飲むと死んじゃうかもしれないから、気をつけるんだよ。よくテレビとかでやってるでしょう。お酒を飲んで死んじゃう人。そういう人と同じだからね」と言われたのをはっきり覚えています。
注射を打つのに、アルコール綿で腕を消毒するときに真っ赤になるのは前から自分では気づいていたんですけれど、つまり、自分はアルコールのアレルギーだったんです。
それを痛烈に感じたのは、大学の頃ですね。運動系の人でしたから、先輩にすぐ飲まされるわけですが、まぁ、つらいこと。便器抱えたまま朝になってたみたいなことがしばしばあったりして。
そのときに、子どもの頃言われたあのお医者さんの言葉を思い出していました。死んじゃうのかもしれないなぁ、なんて思いながら。
「飲めば強くなる」と言われ続け、でも結局ビール瓶1本分も飲めないまま大学を卒業することになります。
そんな私ですので、社会人になっても体質がかわるはずもなく、しばらくはつらい思いをしていましたが、世の中のモラルが変わって強制されることもなくなりました。
でも「なんだ、お前は酒が飲めないのか。つまんねぇな」「酒が飲めない?人生を半分損してるな」という類の言葉は、もう飽きるほど言われまして、それなりに都度傷ついておりました。
神様がひとつ、何か自分にプレゼントをくれるなら、お酒が飲める体が欲しい、とずーっと思っていました。

だから「飲みに行こうぜ」と言う人の心境がよくわからない。ワクワクしてますよね。「飲みに行こうぜ」じゃなくても、例えばおいしい料理を食べているとき「んー、日本酒が欲しいねぇ」とか言うじゃないですか。お酒は料理をうまくするって。そのことでも「損してるねー」って言われたことあるもんな。
基本的にお酒を飲める人は、飲めない人を「差別」してる感覚は、常にありますね。それは今でも感じます。それは確実に存在してますね。飲める人には、たぶん気づかないんですよ。自分の体臭は自分では気がつかないように。

で、お酒を飲める人たちにとっては「お酒を飲む」って行為はすごく楽しみなんだろうけど、自分にとってみたらそれに匹敵する飲食の楽しみってなんなんだろうって考えたりするわけですね。
飲み物ではミックスジュースが一番好きですが「ミックスジュース、飲みに行こうぜ」って言われても、全くワクワクはしない。だって、明治のブリックパックのミックスジュースが一番好きだし。
食べ物なら肉が好きですが「ステーキ食いに行こうぜ」といわれても、仕事が終わるのが待ちきれないほどワクワクはしない。特においしい肉を食ってるときに「ワインがうまい」とか言われちゃうと、ウーロン茶をいっしょに飲んでる自分にとっては異次元な言葉なんです。

やはり「酔う」という感覚がいいんだろうな。自分、酔ったら最後、あとはトイレと仲良しになるだけですから、ちっともいいことがない。
きれいな女の人とバーカウンターで、、、みたいなことだってできないから、そういうお店をまったく知らない。そういうのを知らない男はきっと魅力がないんだろう、みたいなことも思ったりした時期もあります。今でも、ちょっと思うけどね。

じゃ、お酒じゃなくて、その酔うっていう感覚を感じられるものはなんだろうかと考えると大麻なのかも、と。だって、大麻って覚せい剤じゃないもんね。タバコより栽培が簡単だから専売できないっていうところが発端でアメリカで禁止物になったのが世界に広がったって話もまんざら嘘じゃなさそうだし。タバコのほうがよっぽど中毒性を含め、体に害があるのにね。そもそも、大麻って日本では昔から生活の中にあるし、その成分は病院で薬用に使われてるもんねぇ。「大麻」って書くと特別っぽいけど、要は「麻」ですからね。麻ひもなんて普通に売ってるじゃん。あ、医者が使うってことは、麻薬成分が入ってるからかな。ってことは、やっぱり民間で気軽に使えるものじゃないってことか。
まぁ、自分は中島らもじゃないから、別に大麻解禁を求めているわけじゃないんですが、なんか、お酒が飲めない人にも同じような感覚を味わえるものがあるといいのになぁって思っちゃいますねぇ。
いいなぁ、お酒の飲める人。ホントにそう思う。

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# by 40kids_iiyama | 2017-05-29 20:25 | 日記・コラム・つぶやき | Comments(0)

フィンガーピックの話

「またか」的な話で恐縮ですが、悩んでるんですわ。ピックで。
わたくしはずっと指弾きが好きで、ギターを弾き始めた中学生の頃は、あまりストロークの曲をジャカジャカやるのがカッコいいと思わない部類の人間でした。ストロークをやるにしても、いわゆるカーター・ファミリーピッキングっていう、ベース音を入れる奏法を好んでました。
今は違いますけどね。今は、ジャカジャカやるの大好きです。
で、その影響からなんですが、サムピックは普通に使ってまして、使わないといまだに違和感を感じちゃうんです。ピックで出すベース音の強さに慣れちゃってるので、指だけで弾くあの弱いというか、優しい感じの音に耳と指が慣れてない。
それは、歳を重ねてフィンガーピックを着けるようになることに繋がるわけですが、つまり、アタックの強い音が好きなわけです。
もう、10年以上もフィンガーピックを使うようになっていますので、指先に何かをつけて演奏することに慣れきっちゃって、お琴の爪をつけても弾けると思うくらいなわけです。

でも、それに慣れているとギターを弾こうって時に、サムピック着けて〜、フィンガーピック着けて〜、それぞれの角度を調整してぇ〜、みたいなことをやらなくちゃいけない。さらっと弾けないわけです。で、急に「ギター弾いて」って言われた時、サムピック、フィンガーピックがないと弾けない、というか、慣れない弾き方で人前でとちりたくない、と思っちゃってたわけです。
でもね、フィンガーピックをつけないと、どういう感じかというと、まず「弾きやすい」のです。自分の部屋で、ただ爪弾くときなんて「何も着けてないとなんて弾きやすいの」と思っちゃうわけです。
じゃ、なんで指だけで弾かないの?と思うでしょうが、1番の理由は「音が小さいから」なんです。音が小さいと、なーんか不安というか不満というか、しっくりこないんです。でも、これも慣れかなぁと。
さらに、以前からちょっとずつ練習していた、ボディを叩きながら演奏するという「スラム奏法」を本格的に練習したくなったのも大きい。このスラム奏法は、フィンガーピックを着けてると、やりにくい、というか、不可能に思えちゃうくらい難しい。

で、3月ごろかな、一念発起して「フィンガーピック、取ってみよう」って思っちゃったわけです。
そこから、以前もやたら研究していた「爪強化」に入りました。最初はスカルプです。爪の硬化剤ですね。これ、いいんですが、爪を痛めるんです。私は結構強く弾いちゃうので、弾いてるときにスカルプごとゴソっと剥いじゃう時があって、これがイタイ。爪の表面ごと剥がしちゃうんで、爪がペラペラになっちゃう。で、これはやっぱりダメだ、と。
次に試したのは、つけ爪。今はギタリスト用のつけ爪がありますので、それを使ってみました。スカルプよりメンテが100倍くらい簡単で、付替えもすぐできるので一時は「これに決めた!」状態でしたが、やはりスカルプと同じように演奏中に剥がれちゃうことがある。だから、テーピングで押さえたりしていたんですが、こうなるとフィンガーピックを使うときの事前の準備と同じじゃねーか、ってことに気付いたことに加え「痛々しい」とウエイチくんに言われたこともあり、「もう、何もつけないよにしよっと」と、なったのです。

そして、いつもお世話になっているカボスさんでピックなしで弾いたら、あら、問題ないじゃん、と。何が問題ないって、ピックがないと音が小さい、アタック音に納得できない、みたいなことがなかったんです。スラム奏法もきれいに音が出るじゃん、って。
私は基本的に、カボスで演奏していろんな調整の確認をするんですね。ボディヒットと音の出方、指で書き上げるストロークをするときの音の出方など、一つ一つ確認していたわけです。
で、「爪で弾かなくても大丈夫!」というところまで来ました。
ただ、爪のすり減り方が異常。もともと爪が弱いほうなので、ギターを1日2時間は軽く弾いてる自分ですから、爪がすり減っちゃって、もうほとんど指先の肉でしか弾いてない状態。ますます出音は小さくなっておりました。

そして、今日1ヶ月ぶりの野外演奏を行ったんですが、弾いてる出音を聞いて「音が小さすぎる!!」と大ショックを受けました。で、音を大きくするためにピッキングを強くするんですが、それでミスをおかす。この力の入れ方だと素早いピッキングができないし、結構な力を入れているのに自分のイメージしている音が出ない。
考えてみたら、カボスさんは音を拾うのが上手いし、出音の調整も上手いから出来ていたわけで、他のところだとそうはいかないってことに改めて気付かされたのです。カボスさんの「音の良さ」が普通になっていたのですが、それは普通ではないのです。

で、家に帰って来て久しぶりにフィンガーピックを着けてみると、当然ですが力まずに十分な音量が出る。音も好みだし。
で、驚いたことにスラム奏法ができるんです。この3ヶ月間、スラム奏法ばっかり自宅で練習していたせいでしょう、指先にものをくっつけていても、スラム奏法ができるようになっていたのです。それも、力まずに。固いピックが指先についているから、ほとんど力を入れなくてもパーカッシブな音が出るんです。
これには、ちょい驚きました。軽いタッチで弾くから、ミスも少ない。確かに弾きづらいんですが、力を入れてフィンガーピッキングするのに比べれば、はるかに楽。

「あー、無理してフィンガーピックを取る必要はなかったな」
というのが、本日の結論。着ける着けないを使いわけりゃいいだけなんですね。
それにさ、考えてみたら、フィンガーピックを着けて演奏する人は、私の回りでは皆無なんですよ。それは、弾きにくいから。「ブーツの上から足をかいているようだ」と表現されるくらい、イライラするほど思い通りの弦を弾けなくなるんです。これを克服するのに、数年はかかってますからね。
だから、フィンガーピックをつけて演奏できる自分は、一種の特技なんじゃないかとふと気付いた。その特技を捨てることもないじゃん、と。
曲によって、使い分けることにしました。でも、基本はフィンガーピックをつけるだろうな。着けて演奏するときに、できないことがなくなってきたから。

ということで、10数年前にフィンガーピックをつけて演奏している人を見たときの、その音のクリアさとカッコよさ(自分にはものすごく格好良く写ったんです)に射抜かれて、フィンガーピックを着けて演奏する!と決めて以来、演奏の方法を変えてみようと思ったこの3ヶ月のお悩み期間に終止符が打たれそうな雰囲気になってきました。
でも、この3ヶ月間の指弾きの特訓で得たものもありました。そのおかげで、フィンガーピックを以前よりうまく使えるようになったわけですから。

小田原地域では、おそらく唯一のフィンガーピック使いである飯山さんは、これからも使い続けてみようと思っておるところでございます。
ギターに興味がない人には、全くもって面白くないし、ギターを弾く人であっても、たいして興味を持たいない話を長々と書いてしまいました。
まぁ、次に悩んだ時に同じことを繰り返さないための自分への記録のつもりなんですけどね。



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# by 40kids_iiyama | 2017-05-28 23:50 | 音楽 | Comments(0)

カールが販売停止

このニュースを聞いて真っ先に思ったのは「いつだってそこにあると思っているものは、実はそうではない」ってことですねぇ。
当たり前は当たり前じゃないわけで、当たり前を保持する努力は誰かが常にしているんですよ。で、当たり前に存在するものは、大切なものが多いわけで。
つまり、当たり前を軽視していると、大切なものをなくすわけです。

「あのお店なくなっちゃったんだぁ。いい店だったのにねぇ。ざんねーん」
ってのも、よく聞きますよね。じゃ、普段から行けよ、みたいな。

でも、そっかぁ、カール、食えなくなるのかぁ。さみしいなぁ。でも、なくなる前にコンビニに買いに走るのも、なんかなぁ。


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# by 40kids_iiyama | 2017-05-26 12:24 | 日記・コラム・つぶやき | Comments(0)

「好き」のちから

家に帰っての楽しみは、好きなことをやる時間。それは、もう何度も書いているような気がするギターを弾く時間。
ギターの練習ではなく、ギターを弾くだけの時間。結果として練習になっているのかもしれないけれど、ひたすら爪弾いている。新しい曲の練習のようなことは、ほとんどしないから、上達はあまり望めない。本当は望んでるんですけどね。
「練習」と思うと、どこか気が引けてそのことを遠ざけたくなる気持ちってありませんかね。本当は好きなことなのに、そう思うだけでちょっと億劫になる。それはもったいないですよね。自分の場合、それを超えちゃった感があります。練習だろうがなんだろうが、ギターを弾いていたい。疲れて帰ってきても、いつも部屋で座っているところのすぐ脇にギターが立てかけてあるので、つい手にとる。1ヶ月ほどギターを弾いている時間を記録したんですが、平均で2時間は弾いているようです。これが、プロのミュージシャンは5時間とか8時間とかになるんでしょうね。自分も休みの日は6時間くらいは弾いてるかな。弾いてるっていうか、触ってるかな。
何時間も根を詰めて弾いているわけではなく、テレビを見ながらCMで流れる曲を聴きながら「この曲のキーはなんだ?」とか、メロディを追って弾いてみるとか、そういう「作業」をしている感じです。

きっと、センスがすごくある人じゃない限り、先生についてちゃんと理論もわかった上でギターを弾いたほうが上達は早いと思います。
そう感じたのは、先生についてちゃんとギターの練習をしている兄貴の息子の上達具合が、私の目から見たら半端ないからです。もっとも、もともと素質があるのでしょうけれども、それにしても驚いた。
よく「理論は不要」という声を聞きますが、知っていて損はない。というか、知っているほうがいいと思うわけです。実際、凡人には感覚だけではどうにもならんことがありますからね。
理論を知っていれば、たとえばソロギターで「こういう音が欲しい」というときに、その音が出るフレットを予想できると思うんですね。例えば、スケールが頭に入っているだけで、このキーのときはここが使えるって見えているわけで、それは自分にも見えてるわけですが、そういうのがたくさんあって、理論として知っていれば形で覚えるわけでもなく、自然と演奏にフィードバックされる気がするんです。理論をそれほど学んでいないので、詳しいことはわかりませんが、コードひとつとってみても、そのコードの構成音の意味を知っているだけで、どの音が必要かわかってそのコードを押さえることができますからね。♭5は5度の音を半音下げるとか、めんどくさいところだと、dim7は7thコードのルート音以外を半音下げるとか、そういうことを知っているだけで、弾けるコードが増えるのと同じようなことが、曲全体に広がるんじゃないかと思うわけです。

こう思うようになったのは、前も書いたアフタービートミュージックスクールの滝沢君の動画を見てからですね。彼は、技術もすごいですが、きちんと理論を学んでいる。相当な知識量ですけど、どうもすべて独学で学んだらしい。かなり、ストイックな人だと思います。でも、その原動力はやっぱり「好き」という気持ちなんだと思います。「好き」って気持ちは、いろいろあると思いますが、それはとても大きな力だと思います。

自分は今、その好きなことを比較的自由にできる生活をしています。とても恵まれた生活をしているはずなのに、時々落ち込んだりもする。人間ってのは、よくわからないものですね。欲張りなんだよ、きっと。

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# by 40kids_iiyama | 2017-05-18 18:36 | 日記・コラム・つぶやき | Comments(0)