40kidsの歌はともだち・いいやま分

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FMおだわらでタイトルと同じ番組をやってます。---ワケあり50男の一人暮らし・独り言---

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本を読むということ

自分は新聞屋さんの息子なので、物心つく前から活字のあふれている中で育ちました。そのせいか、字を読むことがそれほど苦ではありません。
若い人たちの活字離れが叫ばれて久しいですが、最近はスマホ文化のせいか、内容はともあれ一昔前の私が若い頃と比べれば、今の若い人たちは活字に親しんでいるんじゃないかと思います。

せっかく文字を読むことに慣れているんだから、きれいな日本語の小説でも読めばいいのになぁと思います。本を読むと、言葉をたくさん知ることができます。
私はほぼ毎日、本なり新聞なりを読んでいますが、これはもう楽しみと言うより日課のようなものです。こんな言葉、なんで自分は知っているんだろうと思うことがありますが、それはきっとこうした本や新聞から仕入れたもので、学校で習ったものではないと思います。おそらく、多くの大人はそういうものだと思います。

言葉。
人間の最大の発明は「協力」だと思います。それを発明したからこそ、人間は地球上で繁栄したのだと思います。なぜなら、同じ民族同士が助け合わないと生き残れなかったからです。そのために、自分の属するところをはっきりさせるため、装飾品をつけたそうです。それが、おしゃれの始まりだったんでしょう。そのあとに、人間は言葉を手に入れました。それで「協力」が、さらに強いものになったのです。

だから、言葉は生きるための大切な手段です。言葉をなくしてはいけないのです。思い悩んで、誰とも話ができないというのはとても危険だと思います。邪悪な気持ちを言葉で吐き出したほうが強く生きられると思います。それも、汚い言葉ではなく、なるべく前向きな言葉で自分を元気づけたほうがいいと思うんです。
愚痴や悪口をいって気分がすっきりするのは、きっと一時的なもの。そういう後ろ向きな言葉ではなく、前を向けるような言葉を発しましょう。
そうすれば、きっと何で悩んでいたのかもわからなくなると思います。

そして、本の中にはそうした前向きになれるような言葉がたくさんあります。みんな、もっと本を読みましょう。本はいろいろなことを教えてくれますよ。
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by 40kids_iiyama | 2017-06-15 00:51 | 日記・コラム・つぶやき | Comments(0)

ごまかしと、嘘

先日、テレビ番組で興味を惹かれるものがありました。
橋下元大阪知事とテレビ朝日アナウンサーの羽鳥さんの番組、タイトルもそのまんま「橋下×羽鳥の番組」です。これっていつもおもしろくて、つい月曜日だけは夜更かししてしまうのです。

この日取り上げていたのは「共謀罪」のことでした。
共謀罪はテロを未然に防止しようとすることが目的です。でも、この法律で本当に未然に防げるのか、という議論が非常に面白かった。
簡単に言うと「共謀罪」は悪いことを考えている状態でも摘発できることになります。実際に行動を起こさなくても、です。
果たしてそんなことができるのかという疑問ですが、今の時代、そうした共謀して悪さをしようとしたときに使われるのは、携帯電話からなにから、あらゆる通信機器です。共謀罪の一番の目玉である「悪いことを考えている時点で摘発」ということをするためには、その通信機器で行われている内容を傍受しなくてはなりません。この番組に出ていた専門家がテロ行為を未然に防ぐための方法は通信傍受しかないと言い切っているのです。番組に出ていた自衛隊出身でその道のプロであった共謀罪を押し進めようとしている国会議員ですら、それを認めました。

ところが、通信を傍受することは「通信傍受法」でできない。いや、できるんですが、通信傍受をするためには、なんらかの違法行為で摘発された後ではないと、その個人なり法人の通信を傍受することは、いかなる人もできないと法律で決まっているのです。テロ行為を未然に防ぎたいと捜査をするために必須な通信傍受ができないのが現状なのです。
つまり、テロ行為を未然に防ぐためには、こうした「通信傍受法」の改正といった捜査方法の拡充が必須になるわけです。

通信傍受法を改正して、捜査のためになんの罪もおかしていない人(つまり、一般国民ですね)の通信も傍受できるようにしないといけないわけです。
仮にあの「地下鉄サリン事件」は共謀法があったら未然に防げたか、という議論でも、やはり通信傍受ができないとお手上げだという結論になりましたし、当時の警察のトップも新聞紙上でその旨発言しています。もっとも、あの事件が発端で通信傍受法はできたんですけどね。プライバシーの侵害にあたるということで、かなり制限のある状態の制定になっているのは、記憶にあるところです。

政府はその通信傍受法の改正を先送りにしようとしているのは明確です。ですが、あろうことか、5月に法務大臣が国会で「通信傍受法の改正は行わない」と断言してしまっています。
なぜなら、通信傍受法を改正して一般市民の通信も傍受できるようにする、なんていったら世論が黙っていないからです。
そりゃそうです。自分のプライベートが侵害されるという内容であれば、その必要性が語られる前に「大反対!」の論調になるのは、マイナンバーを例に見ても火を見るより明らかですから。
それをごまかそうとしているだけなんですが、はっきり「通信傍受法の改正は行わない」と言い切っちゃった。これはまずい気がするなぁ。絶対必要なんだから。あとから「やっぱり必要でした」って言うに決まってるんですが、これって国民をバカにしているんだろうなぁって思っちゃいますね。

加計学園の問題で、文科省の役人が問題のメールに掲載されていた個人名に対し「それと同姓同名の職員はいる」という答弁をして失笑を買いましたが、それは確かに言葉として嘘ではない。というか、立場的にこう言うしかない状態だったんですね。嘘は言わないでごまかしているだけ、マシだと思います。
一方で法務大臣の発言は「嘘」になる可能性が非常に高い。それを承知で言っている。もし言うなら「“今のところ”改正するつもりはない」くらいにしときゃ良かったんです。

番組に出ていた自民党の議員は、根がいい人なんでしょうね。こういう議論になると黙ってしまうし、法務大臣の発言に対して「苦しい答弁」と言っちゃってましたからね。立場的にはっきりは言えないので苦しそうでしたが、その表情で共謀罪の成立にむけての段取りに矛盾があるのをわかって隠そうとしているのが見て取れました。髭の人。名前なんて言ったかなぁ、いい人っぽい。

私はここで個人的にも共謀罪の是非を語るつもりはありませんので、このやりとりを見ていて感じたことを書きたいと思っています。
面白い議論だったので、思うことはいくつもあったんですが、一番感じたのは「正直」なことの大切さですね。
さきほども書いたように「ごまかし」と「嘘」の違い。国会だけでなく議会と名のつくものは、この差をすごく重視していると思います。議会答弁がなんだかよくわからなくて煙にまかれたようになるのは、はっきりと白黒が言えないことに対しての逃げですね。つまりはごまかしているんですが、嘘は言えないからものすごくまわりくどい言い方になる。「嘘」は絶対ダメだ。だから、まわりくどーい答弁をしちゃう気持ちは、まぁわからんでもない。

繰り返すようですが、法務大臣が「通信傍受法を変えない」と言ったのですから、ここには注目したいですね。
「共謀罪」を本来の目的のために成立させようとするなら、通信傍受法の改正も必要になるんですね。そうでなければ、テロは未然に止められないんだから。骨抜きのものになっちゃうわけです。というか、共謀罪を適用することにより、通信傍受法以外に制限を受けることになる、ほかの法律への影響のほうが怖いですね。「テロ防止とか言ってんけど、真の目的はほかにあるんじゃねぇの?」って思われても仕方ないと思いますよ。

なんで法務大臣は正直に「通信傍受法の改正も視野にいれます」と言わなかったのかなぁ。それで世論から叩かれたのなら、テロを防ぐためにはこれは絶対必要なんだということを、きちんと、丁寧に、国民に説明しなくちゃいけないんですよね。マスコミも「プライバシーが簡単に侵害される」というような安直でおもしろおかしい言い方をしないで、国民にその真の必要性を問えばいいんですよね。

共謀罪の是非を議論するのは、そこからだと思うんですが。
共謀罪法案では「文化財保護法」やら「種苗法」やらの直接関係ねーんじゃねぇの?って思われるものを含む277もの罪に対して適用するっていっているけれど、本当にそれが必要なのか。一番重要など思われる「通信傍受法」をその277からはずしているのに、本当にそれでテロ防止になるのか。
我々も真剣に考えなくちゃいけないと思うなぁ。

100歩譲って都合の悪いことをごまかそうとする努力はわかりますが、「嘘」を言って我々をだますのはいけませんね。
ごまかしと嘘には超えてはいけない一線があります。
それって、ふだんの生活の中にもあると思いますよ。
まぁ、ごまかしを続けていると、多くは嘘にたどり着くと思いますけどね。中には優しい嘘もありますけど、基本、嘘はつかないほうがいいよね。
しみじみ思う。ほんと、嘘はダメだよ。正直に生きましょうよ。
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by 40kids_iiyama | 2017-06-13 19:24 | 日記・コラム・つぶやき | Comments(0)

お部屋が雑多

現在の自分の部屋は、人生の中でもっとも綺麗な状態を保っています。
なにせ、毎朝掃除機かけてますからね。大学時代なんて、ゴミ箱にゴミをすてるのも億劫で「ここらへんがゴミ箱」と決めてゴミをためてたくらいですから。まぁ、それは極端ですけど。
そんなお部屋ですが、どこか雑多。断捨離が流行したときには、思いっきりいらないものを捨てたし、引っ越すときには必要最小限のモノだけを持ち込んだつもりだったんですが。

確かに、お部屋にゴミは落ちていませんが、いつのまにか増えた日用品や趣味の持ち物が目に付くような部屋です。収納が下手なんですね。床にはものが落ちてないけど、机やちょっとしたスペースにモノが載ってる。
これがいけない。わかっちゃいるんですが、うまく整理できないんだなぁ。

こういうのはセンスですね。センスがないから、本でも読んで参考にしようかとは思っていますが、いつも思ってるだけ。
だれかやってくれないかな、とも思いますが、やってくれる人もいないので、自分でどうにかしようと真剣に考え始めています。
いっぺんにやるのは大変だし、きっとどこかに無理がおきたり、めんどくさくなったりで、雑になるのは目に見えています。だから、何日かにわけて「今日はここのエリア」と決めながら進めていこうかと思っています。
綺麗なだけじゃなくて、素敵なお部屋になるといいなぁ。ちゃんと考えよう。そんなお部屋になったら、人に来てもらいたくなるかもな。
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by 40kids_iiyama | 2017-06-12 23:15 | 日記・コラム・つぶやき | Comments(0)

6月・7月のライブ情報

H29年6月・7月の私のライブ情報です。
たまには告知しないとね。
って、誰が読むんだろう(^_^;)

◯6月23日(金)
会場:カフェリーフ(小田原市栄町1丁目14-48 ジャンボーナックビル 1F)
開演:20:00
チャージなしです。お気軽にお越しください。

◯6月25日(日)
姿麗人店企画『VIBES on LIVES vol.241』
会場:LIVE HOUSE 小田原姿麗人(小田原市酒匂1-5-32 )
出演者:バミリ(静岡) / ふみもと大すけ(神戸) / 飯山淳二 / 木村壮太 / 小嶺大祐 / C / neko's blues band / モク
開場:16:30
開演:17:00
前売:1,500円
当日:2,000円
※共にドリンク別
割引:高校生以下、500円OFF(要学生証提示)
チケット予約はこちらから
http://shareido.com/livehouse/schedule/2017%E5%B9%B46%E6%9C%88/

◯7月4日(火)
スペシャルな火曜日
会場:フォーク酒場 KA☆BOSS(小田原市南鴨宮3丁目48-7 丸いビル 3階)
出演者:賢郎/飯山淳二/ぱんちょマン
詳細未定

◯7月18日(火)
高円寺 U-hAブッキングライブ
会場:高円寺 U-hA(ウーハ)
(杉並区高円寺南4-4-12 エムズビル101)
出演者:宮崎悟/藤元達弥/飯山淳二/畠山智行
開演:19:00
2000円+ドリンク(500円)
http://coffeeuha.web.fc2.com/

◯7月25日(火)
会場:チェッカーボード
東京都杉並区阿佐谷南2丁目20−2
https://goo.gl/maps/ou25JnRrGhv
詳細未定

◯7月30日(日)
路地裏のバラッド VOL.9
会場:Y'sDINER(小田原市鴨宮183-1)
出演者:飯山/オーキ/Cha子/ジャンボリー鶴田
開場:16:30
開演:17:00
1000円(1ドリンク付)


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by 40kids_iiyama | 2017-06-12 18:11 | 音楽 | Comments(0)

SNSについて大いに語る

FacebookやTwitterを利用している人は、非常に多いと思います。
私のブログを見ている人(日にほんの数人ですが(^^;))もおそらくみなさん利用しているでしょう。
SNSって非常に便利ですが、だいたいの人が気づいているとおり、弊害もいろいろあると思います。でも、なんでSNSをやりたくなるのか。
自分はインターネットがまだなくて、いわゆる「パソコン通信」と言われているころのネット時代からこういう世界にどっぷりハマっているので、自分の経験から、ちょっとお話ししてみたいと思います。

まず、なんで自分はネットにハマったかというと、第一にそのテクノロジーが格好良いと感じたからです。当時は電話回線で通信していました。電話回線回線を使って、メールやら掲示板やらを使える技術に対して、すっげー、未来的〜って惚れちゃったんですね。
チャットなんて、夜な夜なやってましたね。グループのチャットですが、すっかりハマって、タッチタイプのレベルをグンとあげてくれましたね。

そのパソコン通信で、ネット上で人とつながるおもしろさに目覚めてしまいました。オンラインだけでなく、オフラインでも集まる「オフラインミーティング」というのにもしばしば出席してましたね。今はなくなってしまった神奈川県の第3セクターで作っていた「K-net」では、お祭りを企画・実施したのですが、その打ち合わせはすべてネット上で行い、当日会場で初めて会う人たちとそのイベントを成功させたのもいい思い出になっています。実際に顔を合わせなくともこうしたことができるというのは、画期的でしたね。

その後、SNSの走りともいえるmixiにもハマりました。今でいうブログのように毎日何かを書き込んでいました。当時、自分は文章を書くことを仕事にしていた時期でもあったため、文字数を決めて文章を書き、その反応を見るということをやっていました。これのおかげで、ちょっとしたことを大きく膨らませて書いたり、逆に長文になるような内容を短くまとめるという練習をしていました。毎日書くと決めていたので、短時間に文章をしあげるという練習にもなりました。
mixiにしても、パソコン通信にしても、おもしろいのは全然知らない人と出会えるということですね。その人たちがどこに住んでいようと、まるで隣人のようにお話ができる。これは面白かったです。匿名性が高かったので、その人がどこのだれだかわからないというのも、ちょっとスリリングで魅力の一つでした。
このころからメール文化が始まってきて「となりに座っている人にもメールで連絡をするヤツがいる」というようなことがよく言われるようになりました。まぁ、これは話すことが億劫というイメージが強いですが、事務連絡をメモで渡すという作業がメールになっただけだと思いますけどね。今では、昔ほど特殊なこととは思われていないでしょう。

その後FacebookやTwitterと出会うわけですが(私はインスタグラムはほとんどやっていない)、Facebookは匿名性が低いというのが特徴で、つまり繋がるのは知り合いばかりという安心感があります。それが今までと大きく違うところでした。
その結果、Facebookは情報交換の場というよりも、井戸端会議をたれ流す状況になっている事になっていると思います。友達といつまでもつながっている状況を作る。LINEもそうですが。
この「友達といつまでもつながっていたい」という欲求というか、強迫観念みたいなものが昨今のSNSでは強くなっていると思います。
これが、なんか厄介なんだ。
情報の発信先が、なまじ知り合いなだけにレスポンスがないと不安になったり、気にくわないことを書いてきた人に食いついたり。食いつくのはいいんだけど、もともとの知り合いだったりするんで友達関係がぎくしゃくしたりね。
だいたい、SNSに自分のことを書くときって、本人は意識していないと思うけどだいたいが「自慢」の類ですからね。それって、書いている人は気持ちいいんだろうけど、読んでる人はそうとも限らない。これは自分も思い当たることが多くて、それに気づいたときに自分で自分に引きました。
頻繁に書き込む内容として、自分の仕事のPRというのはわかりますが、延々と自分のことばかりを書く人っていうのは、寂しいからでしょうね。人はだれでも寂しがり屋だと思っているので、SNSが花盛りになるのはわかる気がします。それと、ナルシストですね。基本、こういうところで自分をさらけだすっていうのは、ナルシスト要素が大きいと思います。簡単に言うと、どういう形であれ「自分が好き」なわけですね。で、その気持ちには「自分を認めて欲しい」というような欲求が内在していて、自分の内心をさらけだしたりする。そういうのって、ごく親しい人に相談をするのがこれまでのコミュニケーション世界だったのかと思いますが、「私はこんなことで悩んでるんだ」ってことを、多くの人に知ってもらってたくさん慰めてもらおうっていうことなのかなぁと感じます。そうでなくとも、自分のどうしようもない気持ちを発信してしたくなる気持ち。それは、人に話すと気持ちが落ち着くのと同じで、悩みを誰とも言わずに聞いてもらうというのは、気持ちの安定剤になるんだと思います。

そういったことが渦巻いているのがSNSで、人によってはその世界があわなくて、中には心を病んでしまうという人も出てくるのだと思います。
そういう人は読まなけりゃいいのに、SNSは中毒性がありますからね、見ないことが逆にストレスになる。
一番いいのは、リアルな生活に友達をたくさん作ればいいんだろうけどね。リアルな生活が充実している人、それは「人間関係がうまくいっている人」というイメージですが、そういう人はSNSにはハマりにくいと思うなぁ。
それに、基本、自分の時間が持てる人じゃないとSNSにハマる時間もないから、簡単に言うとヒマだから余計なことをしちゃうんですよね。

ということで、自分の経験から書いたので、SNSにハマってしまった自分を分析したような内容になりましたが、結構な人がこれに当てはまるんじゃないかなぁ。
つまり、寂しがり屋でナルシストでリアルな生活に不満があって自分の時間を持てるっていうことですよ。
私なんて、これに文章を書くことが好きってのも加わっちゃいますから、余計にハマりますね。
自分は意識してSNSと距離を置かないと、ずっとタイムラインを眺めちゃうタイプですね。困ったものです。
最近、Facebookにあまり書き込まないのも、すぐハマっちゃうからで、意識して見ないようにしているんです。書き込まないのも、書いた後、人の反応も気になっちゃうから。触らぬ神に祟りなしってことです。

その点、ここはいい。このブログ。書きたいことを書くという欲求も満たされるし、人の反応が気にならない。おそらく、知り合いはほとんど読んでいないだろうという安心感は大きい。

Facebookは匿名性がないので安心かもしれませんが、それが逆にストレスを生み出す結果にもなるわけで、難しいものです。
だからSNSが廃れていくかというと、それはないでしょう。コミュニケーションツールの枠を超えていますからね。これから、SNSがどう発展していくのか、それにはとても興味があります。ただ、使っていないとその発展状況もわからないので、たまにはSNSを使いながら様子を見ていたいと思っています。

最後にSNSでもっとも気持ち悪いと思っていることは「自撮り」。これをできる人の気持ちがよくわからん。よほど自分が好きなんだなと思っちゃいます(^^;)自分を好きっていうのは決して悪いことではなく必要なことだと思っていますが、アピールすることはないかなぁ。まぁ、ナルシストの集まりだから仕方ないか。
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by 40kids_iiyama | 2017-06-09 20:50 | パソコン・インターネット | Comments(0)

曲を作るきっかけ

先日のラジオ収録で、話題の一つに「曲を作るきっかけ」というのを二見君が提案してきました。
二見君は「怒り」だそうです。それを聞いて「船の?」と返してしまった自分にその日の体調の悪さを感じて軽く凹みましたが、そうかぁ、彼は怒ると曲ができるのかぁとちょっと面白くその話題を進めました。
斉藤君は「作るぞ」って決めて作るから、特にきっかけはないそうです。自分もおおかたそうですが、本を読んだり映画をみたりして何か感じることがあったら、それを自分なりの解釈で歌にすることもあるし、例えば道を歩いていてふと言葉が浮かんできて、それを曲にすることもあります。

おもしろいのは、メロディが突然浮かんできてってことがないことですね。前はあった気がするんですが、最近はすっかり「言葉」や「そのイメージ」が浮かんでくるという感じです。
どうも、40kidsのみんなもメロディのことは言っていなかったので、彼らも曲を作るときには「言葉」を重要視しているのかもしれません。
二見君の「怒り」はメロディじゃないですもんね。頭に来たその内容を言いたくなってるんでしょうから。斉藤君はどうなのかな、聞けばよかったな。作ると決めて、メロディを先に作るのか、歌詞を考えるのか。

自分は言葉にするときに、何かのイメージが頭に浮かんできます。
例えば、夜遅く帰ってきたとき、駐車場に車を入れてシフトレバーを握る自分の手を見たときに、その昔に好きだった人との会話が終わらず、まだ帰りたくない気持ちとあいまってずっと話し続けてしまっていたときのシーンがふわっと浮かんでくるとかね。つい先日は、電車のホームで高校生らしき女の子がベンチで一人、さみしそうにパンをかじっている姿がどこかいじらしくて、勝手に「この子は失恋した直後なんだ」と決めつけて、曲を作ったこともあるし。
でも、たいがいは「こういうことを歌にしたいな」と具体的な言葉が浮かんできたときに「これを曲にしてみよう」って思う感じですね。

おもしろいな、と思ったのは「満たされていると歌は浮かんでこない」という話がちらりとでたとき。
確かにそうで「なんで俺はこんな情けないんだろう」とか「このままで大丈夫なのかな」みたいな不安にかられたとか、そういうときはそのまんま曲にするなぁって。幸せな状態なときは、確かにあまり言いたいこともなくて曲もできないかもしれない。

でも、幸せでも曲ができちゃうときがある。それは彼女や彼氏ができちゃったとき。これはねぇ、わかりやすいヤツがいてねぇ。もう、ラブソングだらけになるわけだ。「恋愛ってのは脳みそがぶっこわれるらしい」と本当に思ったね。恋愛は、特にその初期は脳内に麻薬的成分が分泌されるんだよ。
自分はそうならないように気をつけなくちゃと思っていたけど、振り返ってみるとぶっこわれている曲が自分にもあるね。
で「3年目の浮気」って曲があるように、それは3年くらいしかもたないんだ。
いろんな意味で、あぁ、怖い。
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by 40kids_iiyama | 2017-06-07 12:56 | 音楽 | Comments(0)

優しい人になりたいね

今日、病院に行ったときのこと。
自分には持病があるので定期的に通院しているのですが、そこの病院で働いている人は総じて親切です。
ただ、2人ほど「きっついなぁ、この人」って雰囲気の人がいます。実際にキツい物言いをするのですね。悪い言い方をすれば「お局さん」みたい。

病院は待ち時間が長いので、そのキツい物言いの人を見ながら「この人がいなけりゃ、この病院はもっと親しみやすくなるのにな」みたいなことを考えていました。
で、思い出したのがいつかこのブログに書いた「同じ分だけの法則」。
なんだそりゃ、って、つまり「いいこともわるいこともだいたい同じ分だけあって、全体のバランスを取っているんだろう」って話。いやなこともいいことも、プラスマイナスゼロなんだよって。勝手に自分がそう思っているだけなんですが。

この病院には強烈に親切な人はいないのですが、だいたいの人は普通に親切。なんか、ちょっと失礼な書き方かな(^^;)でも、まぁそんな感じ。でも、2人くらい「この人には話しかけて欲しくない」って人がいる。この病院もその2人が強烈だからプラスマイナスゼロでバランスが取れているのかなぁって。でも、居心地はいいのでプラスのほうが強い気がする。
つまり、プラスマイナスゼロじゃなくて、平均点が高いんだ、ここは。あー、ってことは、今まで思ってたプラスマイナスゼロは間違いで「平均値」ってのがあるんだな、と。

そう思うと、それは個人にもあてはまって「この人はいい人」って思っても、100%いい人なんてきっといない。ガンジーみたいないい人の典型みたいな偉人でも、きっと人からみればイヤなところはあったんじゃないかと。それがなくとも、自分では「自分のここがイヤだ」と思うところはあったんじゃないかと思うんです。

なにが言いたいかというと、いくら「いい人」と言われている人でも、絶対「イヤなところ」はあるはずで、それを相殺させて平均点としていい人が一般的にいい人なんだろうなって。なんか当たり前のことを書いていますけれど、だいたいの人は他人の「イヤなところ」「きらいなところ」を見ると、その人のいいところを見ようともしないで嫌いってなってしまうことが多いと思うんですよ。

人の悪口って、だいたいそうですよね。本当はとてもいい人なのに、イヤな面を見るとつい悪口を言っちゃう。そうすると、脳味噌はバカだから、自分の言葉にだまされてその人全体をイヤな人と認識しちゃう。
それはもったいないなぁ。本当に。悪口をいうと、気分が晴れますかね。自分は晴れないなぁ。余計気が重くなる。それは、脳が人の悪口でも、自分への悪口と同じように認識してしまうからなんだよって、何かの本で読んだことがあります。

人間なんて未完成なんだから、変なところがあって当たり前なんですよね。考えていることや行動が自分と違うから、どこかその人と馬があわないから、と悪口を言いたくなっちゃうんですが、それを言うのは損だと思う。そういう「悪いこと」を考えなけりゃいいんだなぁって思う。いいところを見つければいいのに。

でも、どうしても気になっちゃう悪さを持っている人もいると思います。そういう人とは、せめてプライベートでは関わらないようにすればいいんですよね。なるべく距離を置くって感じでね。
仕事での関係なら仕方ないにしても。仕事は割り切るしかないですから。
そうすれば、人の悪口を言わずにすむ。しいては自分がイヤな気持ちにならなくてすむ。
もちろん、悪いところよりいいところのほうがたくさんあるから、その人のこと好きだよってなるのが一番いいと思いますけど。

ってことで、人のイヤなところをじっと見るのはやめよう。うん、そうしよう。そうすれば、人間関係なんて簡単じゃないかなぁ。
って、ここまで考えたところで「いいやまさーん、中の待合いでお待ちくださーい」ってやさしい看護師さんに呼ばれました。

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by 40kids_iiyama | 2017-06-06 23:04 | 日記・コラム・つぶやき | Comments(0)

昔、驚いた家電、お菓子

先日、テレビをつけたら「年代別で青春時代に一番驚いたもの」みたいなテーマでクイズをやっていました。
これが、なかなか面白くて自分の職場でも聞いてみたくなっちゃうような内容。
10~20代、30代、40代、50代、60代の芸能人が3人ずつのグループで一般人5万人(すげぇ数だな)のアンケートから各年代で「若いときに登場した家電やお菓子で一番驚いたもの」の6位までのランキングを当てっこするというもの。
自分は50代だから、そのランキングをみて「そうだよねー」ってものばかりでした。
ウォークマンとかさ、携帯電話とかさ。お菓子だとドンパッチとかね。
盛り上がっていたのは、洗濯機。一層式のときは脱水をハンドルをグルグルまわして絞るタイプのやつ。うちにはなかったけど、隣のおうちが廃品として出してたのを見て「あー、こんなのがあるんだー」といじったのを思い出しました。でも、50代の芸能人が「うちにあった」と口をそろえていたのが驚いたけど。もしかしたら、うちにもあったのかな。

自分が一番驚いたのは家電では「電子レンジ」でお菓子はランクインしてなかったけど「キャラメルコーン」だな。キャラメルコーンの登場は小学校1年生くらいのときだったと思うけど、こんなにうまいもんがあるんだとすごく驚いた。今でも大好きだもん。近々発売が停止されるカールも好きだったけどさ、やっぱりキャラメルコーンだよね。書いてて、今も食べたくなってるもん。
若い年代は、自分の子どもたちと同年代だから、だいたいわかる。驚くことも懐かしいと思うこともなかった。10~20代の2位はiPodで1位はスマホだったけど、それは俺も驚いたもん。驚いたときが若くはなかっただけで。

で、「え~?」って思ったのは、お菓子で「ねるねるねるね」が30代とか40代でランクインをしていたとき。50代と60代が全員知らないって。それはねぇだろって思ったわけで、あれが出たときは自分らも中学とか高校くらいで、テレビ見てれば魔女が出てきて「こんな体に悪そうなもの、食えるのかよ」みたいに見てた。実際食べたこともあるしね。実際は、着色料は使わず紫キャベツで色をつけてたらしいですが。それにしても、あのCMだけでも知ってて当たり前だと思うのに。司会の中居君は40代なのに知らないって言ってたのも驚いた。
いやぁ、知らないはずはない。知らないっていってる私と同年代の人たちは、たぶん、みんな忘れてるんだよ。あまり興味がなかったのかもしれないけど、絶対目にしてるはず。だから、あまり興味のないことはどんどん忘れてしまう年齢になってるんだなぁってことを感じたのが、この番組をみていて一番印象に残ったことでした。なんだかなぁ、って感じでしたね。

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by 40kids_iiyama | 2017-06-02 12:42 | 日記・コラム・つぶやき | Comments(0)

快適温度の犠牲

最近は季節がよくわかんなくなるような日が多くて、これは地球温暖化の影響でしょうか、と毎回のようにテレビで言っていますが、夏に向かって世の中は暑くなってきております。
で、我が職場にも最近は空調が効き始めました。
私のいるフロアは非常に広いので、温度をさげるのに相当な電力を使っていると思います。今は太陽エネルギーを使っているので、以前のようにお金はかからないで済んでいるようですが、それだけにちゃんと空調が入ります。

問題は、建物の構造上、というか、建てた年度の古さからなんでしょうが、空調の効率的な利用ってことをあまり考えていなかったんじゃないかと思うことがあります。

この建物は、空調の空気の出口が窓際にズラ〜っと並んでいます。
で、私の席は窓際です。あ、窓際族って言葉が昔ありましたが、そういう悪い意味ではありません。たぶん。
噴出口から出てくる空気で、この広いフロアをぜーんぶ調整しようとしていますから、結構な温度の空気が出てきます。必然的に私の席はダイレクトにその空調の影響を受けます。
つまり、この時期、寒いんです。
寒いエリアは、その空気の出口から2メートル足らずかなと思いますが、噴出口は私の真後ろ、50センチくらいの場所にありますから、たまりません。
この暑がりが、夏に上着を着るほどです。
でも、私の席から離れているエリアにいらっしゃるお客様をはじめ、職場のみなさんは快適そう。
みなさんのためなら、我慢しましょう。風邪をひかないように気をつけながら。


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by 40kids_iiyama | 2017-06-01 12:51 | 日記・コラム・つぶやき | Comments(0)